チェスキー・クルムロフ〜プラハ(5月8日)


チェスキー・クルムロフを出ると、例によって周りは一気に田園地帯。


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こうやって一面菜の花畑になってるところが結構ありました。


昔はほぼ小麦畑だったのが、EU加盟後、他の国との調整の関係で小麦の生産を減らして
菜の花栽培に切り替えたらしいです。


菜種油を採ってるそうですが、コッチでの使い道は燃料だけ。




途中立ち寄ったパーキングエリアで飲み物を買おうとしたら、こんなのがありました。

歴代のチェコ代表選手がラベルに載ってます。
ちょうど、サッカーのEURO2012大会が次の月から始まる頃でした。

(コレル(真ん中)とポボルスキー(左)を購入)




チェスキー・クルムロフを出て約3時間ほどで、バスはいよいよプラハ市内へ。
ここがこの旅最後の訪問地です。


ホテルに着いた後、荷物を整理して再度集合し、夕食に出発。

(ホテル前の道。石畳の静かな通り)


場所は、ホテルのすぐ隣、ストラホフ修道院の敷地内にあるレストラン。
12世紀に建てられた、チェコでも有数の修道院です。

修道院の尖塔。中には入りませんでした)



(1杯目)



(盛り付けは雑でも美味いものは美味い)



(2杯目)




美味しいビールと食事で明日に向けての英気を養った後、ホテルに戻り早めに就寝。




今日はここまで。

チェスキー・クルムロフ その2(5月8日)


レストランを出て、最初に聖ヴィート教会を見学しました。
立派な教会でしたが、中は撮影不可。

(遠景)


教会を出て坂を上り、高台へ。
チェスキー・クルムロフ城が真正面に見えます。

(写真の一番奥、左端から右端まで全てお城)



広場に戻って、ここからしばらく自由行動。

(広場)



(路地)



Oasisの“Wonderwall”を熱唱してました) →参考




30〜40分ほどして再び広場へ集合。
今度はチェスキー・クルムロフ城へ向かいます。


赤い門をくぐって城内へ。久々の動画です。
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(後半の壁画はキリストの十二使徒。分かりにくい)


少し歩いてると、先の方に人だかりが。下を覗いてます。
谷になってるようです。

(写真の奥の方)


橋から谷底を見ると、熊がいました。野生じゃないとのこと。
何頭かいるらしいですが、見えたのは下の写真の1頭だけ。


メスで、名前は「カテジナ」さんです。

(おかしいですよっ!) →参考




橋を渡って、ちょっとした広場に出てきました。


写真の建物ですが、壁のほとんどは本物の石造りじゃありません。
“しっくい”を塗った後、模様を削りだしてるだけ。「スグラフィート」って言うそうです。


石の方が当然頑丈ですが、実際作るとなると相当なカネとヒトが要ります。
いかに城主といっても、そんな簡単には出せないので、結果こんな風にしたとのこと。
これなら遠目には石壁っぽくて多少威圧感があるし、コストもさほどかからないので一石二鳥。


それに、この技法で作られた壁は、街なかにもたくさんありました。
装飾としての役割もあったようです。

(民家)



(お城。規模や豪華さはやっぱりコッチが断然上。)


2つめの動画。
建物で囲まれた中庭にもスグラフィートの壁がありました。
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建物を抜け、最初にくぐったアーチ橋を渡り、お城の一番奥の方、
街を一望できるテラスに出てきました。

(良い天気です)


空の青と木々の緑のおかげで、オレンジの屋根が余計に映えます。

(街の中心部)



最後はテラスの先にある西門から街の外へ。




バスに乗り込んで、チェスキー・クルムロフを後にし、次の目的地へ。
今日はここまで。

チェスキー・クルムロフ その1(5月8日)


この日は7時起床。
手早く準備と朝食を済ませて、昨日行けなかったスーパーへ。
無事、水やビールその他諸々買い物できました。
9時過ぎにホテルを出発して、3ヶ国目・チェコへ向かいます。




個人的に、チェコがこの旅のメインイベント。
バスに揺られながら、徐々にテンションも上がります。
高速で約2時間、オーストリア国境を越えて、チェコに入りました。




最初の訪問先は、チェスキー・クルムロフ。
チェコ南部の小さな街で、世界遺産にも登録されています。


駐車場から歩いて10ほどで、チェスキー・クルムロフ城に入ります。

(移動遊園地が来てました)



(城の外側)




アーチ橋をくぐって城の中へ。

(上の方に通路と部屋があります)


街で一番目を引くのが、城にある塔です。




街の外側を回るようにして中心部へ向かいます。
道に沿うように流れているのは、チェコで最も長い川・ヴルタヴァ。

(まだ上流なので、川幅がせまい)


川は街の中で急激に蛇行しています。

(地図だと南から北に向かって流れています)




橋を渡って、まずは街の中心にある広場に面したレストランで昼食です。


昼食のメインは魚と野菜のプレート。
この国も内陸にあるので、魚は川魚です。



お供はビール。地元産の銘柄・エッゲンベルク。

琥珀色)



このチェコは“ビール王国”。
チェコビールを飲むことが、この国に来たかった大きな理由のひとつです。


チェコ人が1年間に飲むビールの量は、一昨年のデータで約122.8リットル。
20年近く世界一をキープしています。


ちなみに日本人は約43.8リットルで41位。
しかも、日本の場合、ビール・発泡酒第3のビールの合計でこの順位のようです。
お酒の文化の違いがあるにしても、チェコ人は日本人の3倍近く飲んでます。
飲み過ぎです。




また、国内各地に数多くの醸造所があって、昔から地域ごとにビールが作られています。


なかには、プルゼニュ(ピルゼン)という街で作られた「ピルスナー」タイプのように、
今では世界の大半で飲まれるようになったものもあります。
日本の大手メーカーが作ってるビールもほぼ「ピルスナー」です。




“ビール王国”は、ビールの値段も安い。


僕らが行ったお店は、ビールが2〜2.5ユーロ(下の写真)。
当時1ユーロ=約100円だったので、1杯200〜250円です。
ミネラルウォーターやジュースと変わりません。

(“ウオーウター”が微笑ましい)


日本だと、缶ビールならまだしも、お店じゃこの値段ではなかなか飲めません。


チェコのビールが安いのか、日本のビールが高いのか?
同じビールでどうしてこう違うのか?
物価や生産コスト以外の色んな事情が(主に日本の方に)あるようですが…。



食事とビールを美味しくいただいて、腹ごしらえも完了。
次は市内観光です。


今日はここまで。

ザルツブルク(5月7日)


ハルシュタットからバスで約1時間、この日最後の訪問先・ザルツブルクに到着。
作曲家・モーツァルトの出身地としても知られる街です。


バスを降りてすぐ、ミラベル庭園に向かいました。
たくさんの花と彫刻があるきれいな庭園で、映画『サウンド・オブ・ミュージック』のロケ地にもなったところです。


(奥の建物が宮殿。今は市役所・図書館になってます)




庭園からは、山の上に建つホーエンザルツブルク城塞が見えました。
11世紀に築城されて以来、一度も敵に攻め落とされたことがないという難攻不落の要塞です。

(残念ながら今回のコースには入ってませんでした)



(城塞を近くで。外観は地味だけど、そこがまたカッコいい)



30分ほど散策して、今度は旧市街へ。
途中、モーツァルトが育った家がありました。


(隣には“ドップラー効果”(救急車のサイレンのアレ)で有名なドップラーの生家も)




しばらく歩いて、旧市街のメインストリート、ゲトライデガッセに着きました。


せまい通りにお店が軒を連ねてます。
そんな中、特に目を引くのが看板。


(独特なデザインの看板が奥まで続いてます)


新しくテナントに入ったお店でも、看板は昔からあるものに手を加えて作ってるらしく、
日本でも見かけるお店の看板もここではこうなります。

 
(ZARA)                              (マクドナルド)



通りに入ってまず訪れたのは、モーツァルトの生家。
あいにく中は撮影禁止でしたが、実際に使ってた部屋やモーツァルト直筆の楽譜、毛髪等々
色んな資料が展示してありました。


(さっき見たのは“育った”家)


生家見学の後は、しばらく自由行動。


前に書いたように、ザルツブルクは塩が名産なので、おみやげに塩を…と思い、
ガイドブックに載ってたお店を探したけど、なかなか見つからず。
そうこうしているうちに時間が来てしまい、結局買えませんでした。




ここで、市内観光は終わり。
再びバスに乗って、中心部から離れ、住宅街のなかにあるレストランへ。今日の夕食会場です。



夕食のメインは、名物のターフェルシュピッツ。
煮込んだ牛肉をサワークリーム的なソースにつけて食べます。




そしてデザートは、アプフェルシュトゥルーデル
食べた感じは、サクサクしてないアップルパイです。
美味しかったけど、普通のアップルパイと違って中が詰まってるので、結構胃にズッシリきます。


(最後は気合いで食べました)



夕食の後は、ホテルへ。
市街地からさらに離れた場所にあって、周りは完全に住宅地。
どこに出掛けようがありません。


かろうじてスーパーが近くにあるという話を聞いたので、とりあえず行ってみましたが、既に閉店。
入り口には「営業時間は朝7時〜夕方6時」の張り紙がありました。


お店に行ったのは夜7時頃だったので、完全にアウト。
朝早いのは良いとして、閉まるの早過ぎる…。


仕方ないので大人しくホテルに戻って、そのまま床に就きました。


今日はここまで。

ハルシュタット (5月7日)


バスを降りると、結構肌寒い。
高いところまで上って来たことを改めて感じました。



観光の前にまずはレストランで昼食です。


前菜は白アスパラガスのサラダ。
ちょうど旬だったそうです。

(アスパラがデカい。)




メインはマス料理。
きれいに骨が取ってあって食べやすいし、美味しかったです。

オーストリアは内陸なので、魚といえば川魚)




食事のお供はビール。これも美味い。

(“Stiegl”っていう銘柄。この地域一帯を中心に出回ってる模様)





食事も終わって、いよいよ市街地へ。
ここは街全体が世界遺産に登録されています。



ハルシュタットの街は山と湖に挟まれた土地に作られています。
小ぢんまりとしていて、これを“街”と言っていいのかどうかも微妙なくらいの大きさ。


家々が寄り集まっている様子は、周りの自然とあいまって、とても風情があります。



(眺望スポットから。湖畔ギリギリまで建物があります)




(同じ場所から対岸を臨む。5月だけど、山には雪)




(斜面にへばりつくように建つ家々)




19世紀中頃、ここでケルト人の遺跡が発見されました。
発掘調査の結果、紀元前800年〜紀元前500年頃にかけて、彼らはこの地域一帯に
高度な文明(ハルシュタット文明)を築いていたことが分かりました。



(発掘された遺構。お店の地下にありました。)




ここや次に訪れるザルツブルクを含む地域は、昔から岩塩が採れる場所として知られていました。
その証拠に、ハルシュタットの“ハル”はケルト人の言葉で、ザルツブルクの“ザルツ”はドイツ語で、
それぞれ「塩」を意味します。


現在よりも格段に貴重だった塩は、支配者たちの重要な資金源になっていたようです。


特にハプスブルク家は、この地域を「御料地」として直接の管理下に置いていたので、
この辺は“ザルツカンマーグート(塩の御料地)”とも呼ばれています。


今では塩の生産もだいぶ下火になったようですが、みやげ物屋には必ず現地産の塩が売られています。




(市街地の中心にある広場)




洋梨の木。家の方に伸びてくる枝はこまめに剪定しているとか)



2時間ほど滞在した後、ハルシュタットを後にしました。


今回はここまで。

ウィーン〜ハルシュタット (5月7日)


この日は、ウィーンを出てハルシュタット、さらにザルツブルグまで行きます。
オーストリア国土の約半分を横断します。
それもあって、これまでよりも早い時間にホテルを出発しました。


今回も地図を作ってみました。


(他の国の位置関係も、参考までに。)





一旦ウィーンを離れると、外の景色は一気に田園地帯に。


ウィーンからハルシュタットまで、まずは高速道路を使います。




高速をおりて、さらにしばらく走っていると、周りの風景に山々が多くなってきました。


この辺はアルプス山脈の東部にあたります。
初夏ということもあって、緑がとてもキレイでした。


写真をいくつか。







ますます深くなってきた山あいを進むにつれ、天気も雨が降ったり止んだりを繰り返すようになってきました。




ウィーンから約4時間、ようやくハルシュタットに到着です。


今回はここまで。

ウィーン −国会議事堂・市庁舎− (5月6日)

 

外に出ると、雨は完全に上がってました。


時間は夜8時を回ったくらい。
まだ全然明るいので、腹ごなしついでに王宮付近をもう一回りすることにしました。


スペイン乗馬学校でしばらく馬を眺めた後、ミヒャエル門へ。



儀礼用軍馬の訓練施設。ジッとこっち見てます。かわいい)



(ミヒャエル門。王宮の正面入り口です)




門をくぐり英雄広場を通って、向かったのは国会議事堂。
古代ギリシャ風の壮麗な建物です。




正面には立派なアテナ像が立っていました。




議事堂から、そのまますぐ近くにあるウィーン市庁舎に移動。
こちらも立派な建物でした。


(イベントの準備中。真ん中の塔は約100m)




ここでウィーンでの自由行動は終了。



暗くはなってないけど、あんまり遅くなるのも考えもの。
ウィーンの治安の良さはヨーロッパ屈指らしいですが、それでもここは日本じゃありません。


近くの停留所から市電に乗ってホテルに戻りました。


(停留所)



まだまだ行ってみたいところはたくさんあったけど、やっぱり半日では厳しかった。



ウィーン、街並みもキレイで落ち着いてるし、とっても良い街でした。



今日はここまで。