プラハ −聖ヴィート大聖堂−(5月9日)


プラハ城に入って、まずは聖ヴィート大聖堂に行きました。
10世紀に建てられた後、度々改築・改修され、今の形になったのは20世紀前半とのこと。


正面にそびえる塔の高さと装飾に圧倒されます。

(高さは約80m)


荘厳な聖堂内は奥行きもあって天井も高い。

(奥が祭壇)




壁はたくさんのステンドグラスで飾られていました。
鮮やかな色の窓に光が差し込んで、とてもきれいです。






そんな中に、ひとつだけ他とは明らかに作風が違うものがありました。


ステンドグラスといえば、上の写真みたいに若干古くさい感じ(失礼!)のを
勝手にイメージしてたんで、これを見た時はなかなかの衝撃でした。



(見入ってしまって、しばらく動けませんでした)




19世紀後半〜20世紀前半にかけて活躍したチェコ出身の画家ミュシャ(現地語ではムハ)が
デザインしたものです。
パリでポスター作家として成功した彼が、帰国してから手がけた作品。


9世紀頃この地方に初めてキリスト教を伝えた聖メトディオスと聖キュリロスの兄弟を描いています。


上の絵の一番上、右にいるのが兄の聖メトディオス、左の黒い服が弟の聖キュリロス(のはず)。


お兄さんから洗礼を受けている男が、当時この地域を支配していたプシェミスル家の長ポジヴォイで、その左下が妻のルドミラ、そして彼女の横にいるのが孫のヴァーツラフ1世。


チェコキリスト教化はヴァーツラフ1世によって一層進められることになります。
彼は権力争いのなかで弟に暗殺されますが、死後間もない時期から現在まで、
チェコ守護聖人・民族の英雄として崇拝されています。




閑話休題
兄弟の上ではキリストと三天使(?)が見守っています。


他にも彼ら兄弟の布教活動の様子を描いた場面がありました。


ミュシャの作品はたまに日本でも展覧会やってますが、これを外して持って来るのは
さすがに無理。
まさに「ミュシャ先生のガラス絵が見れるのは、聖ヴィート大聖堂だけ!」




聖堂の奥に進むと、祭壇の脇に絵がありました。
14世紀に実在したヤン・ネポムツキーという人が題材です。


彼は宮廷に出入りする司祭で、王妃の聴罪師(懺悔を聞く人)でもありました。
そんな彼が、ある時王妃から“あること”を告白されます。


その後、彼は国王に呼び出されます。
王は自分の妻が彼に話した内容を教えるよう迫りますが、彼は断固拒否します。


国王の怒りを買い捕まった彼は、ヴルタヴァ川へ投げ込まれ殉教してしまいます。


絵の横には、死後聖人となった彼のために作られた巨大なお墓がありました。

(全て純銀で、重さ約2トン)




聖堂を出る前に、もう1回見ておくことにしました。

(何度見ても良い)



外に出ると、クレーン車が大変なことになってました。
出ようとしてるのか、入ろうとしてるのか、それすら分かりません。

(完全に立ち往生)


クレーン車の結末が気になりながらも、次の場所に移動です。


今日はここまで。